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吉法師/きちほうし(学芸大学)のそばは香り高くコシの強い無骨なそばでした~一茶庵と吉法師の話

吉法師の力強いそば

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学芸大学駅から徒歩10分強。イオンスタイル碑文谷(旧ダイエー碑文谷店)の裏手にあるそば屋・吉法師(きちほうし)。時間は11時55分でした。吉法師に着くと、暖簾はまだ出ていません。ご主人は打ち場でうどんを打ってらっしゃいます。こりゃいいや。見学しよう。

力強く麺を切っています。ああ、そういえば、そばだけじゃなく、うどんも打ってるのか。すごいなぁ。職人の技に見とれていると、ご主人がこちらに気づきました。ピョコっとお辞儀をして、ガラスにグッと近づきます。

「すみません、何時からでしたっけ?」

「12時からです」

「ああ、そうでしたか」

スマホで時間を確認。11時57分。

「中でお待ちになりますか?」

「いいですか?」

「おーい。お客さまー」

女性が出てきて店内へ案内して頂きました。

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古民家のような落ちついた雰囲気。4人掛けテーブルが3席ですが、2階にもお座敷とテーブル席があるようです。

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お茶を持って来てくれた女性店員さんに話を聞きます。

「田舎は10割なんですか?」

「いえ、せいろと太さが違うだけです」

「ということは、どちらも二八とか?」

「少々お待ち下さい」

女性はご主人に聞きに行きます。

「二八だそうです」

「そうですか。せいろは大盛りにできますか?」

「二枚ご注文頂くことになります」

「なるほど。じゃあ、せいろを一枚お願いします」

うどんを打ち終えたご主人が、厨房へと戻り、そばを作り始めます。そばはすぐにやって来ました。

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しっかりと色のついたそば。太さもあります。まずは何もつけずにひとすすり。ほぉ、そばが香ります。コシがとても強い。店によっては、これを田舎そばと言うくらいじゃないかなぁ。いやはや、野趣あふれる、力強い、とてもおいしいそばです。

汁をつけずにすすり続けます。結局、あとひと口かふた口分しか残っていませんでした。あわてて汁を猪口に注ぎ、汁の味、汁との相性も確認します。ダシがしっかりきいた、強めの汁。このそばにピッタリ。

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そば湯は土瓶でやって来ました。シャレてます。フタを開けてのぞいてみたら、真っ白。そば猪口に注ぐと、トロットロ。舌にザラつきを感じるほどです。ただ、嫌な感じはしません。なんて言うのかな。手打ちそばって量が少ないじゃないですか。だから、食事の一環、スープだと思って飲めば、お腹具合もちょうどよくなる。そう考えると、トロみの強いそば湯ってのは飲みごたえがあっていいんですよねぇ。口直しをしたいとは思いませんし。

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箸入れに書かれた文字が独特です。基本的には草書っぽくはあるのですが、「手」が変わってます。ここにとても強い主張を感じますが、筆自体はとても柔らかい。ご主人のお人柄が出ているんだろうなぁ。

メニューをよく読むと、しらゆきというそばもあって、こちらは細打ちのようです。せいろがこれなら、田舎はまあ想像の範疇(偉そうにw)。今度はしらゆきを食べてみたいな。

SHOP DATA

一茶庵と吉法師

さて、一茶庵についてです。

のちに"蕎聖"と称されるようになる友蕎子・片倉康雄氏が大正15年(1926年)、新宿に一茶庵を開店させます。これは現在の一茶庵 足利本店に続きます。片倉康雄氏の親族は各地に一茶庵を作り、また、一茶庵で修業していた人たち、あるいは一茶庵のそば教室で習った人たちも一茶庵(あるいは別の名前)を開きます。

片倉康雄氏の三男、片倉英晴氏が任されていたのは西神田一茶庵。この流れを汲むのが市川一茶庵。吉法師の店主・田岡敏弘さんがそば屋を目指し修行を始めたのが、この市川一茶庵でした。

田岡さんは市川一茶庵で中山一茶庵の斎藤親義氏と出会い衝撃を受けます。こんなそばを打てる人がいるのか、と。そこで、田岡さんは中山一茶庵に移り、斎藤親義氏に師事します。余談ですが、現在、斎藤親義氏は静岡県裾野市で蕎仙坊という超有名店をやってらっしゃいます。

中山一茶庵での修行に一区切りつけ、独立を目指した田岡さんは、割烹料理屋で修業をし、ふぐ調理師免許を取得するほどになりました。そして1990年、吉法師を開店させます。

一茶庵系の店は日本全国にたくさんありますが、共通した特徴があるというほどでもありません。それぞれが独自にそばを探求されています。たとえば、西神田一茶庵の片倉英晴に師事し、一時は浅草一茶庵という屋号も賜っていた駒形 蕎上人(片倉康雄氏・英晴氏の死去をきっかけに一茶庵の名を返上)。少々ニュアンスは違いますが、西神田一茶庵に関係していますから、蕎上人と吉法師は兄弟弟子のようなもの(面識があるかどうかはわかりませんが)。しかし、両者のそばはまるで違います。

蕎上人のそばには、ピンと張り詰めた気品があります。清冽(せいれつ)。一方、吉法師のそばは力強く無骨。

「美味し酒、旨し肴、うまい蕎麦」と店が言うように、すっぽんやふぐがあって、酒があって、〆にそば。という流れを鑑みて、吉法師はこうしたそばにしてるのかもなぁ。

嗚呼、楽しき哉、蕎麦の世界。

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