MEAT JOURNEY 2018

「季節料理 ふじ」(祐天寺・中目黒・池尻大橋)の明かりは蛇崩川を照らすホタルの光。おいしいメシ、甘い酒、優しいお母さんの笑顔……ドラマ「居酒屋ふじ」のモデルとなった老舗は大切にそっとしまっておきたいと感じさせる居酒屋でした

ほとんどが暗渠化され緑道となっている蛇崩川。そのほとりに蛇崩交差点があるわけですが、蛇崩交差点以東の野沢通りは商店も少なく、夜になるととても暗いです。そんな中……。

fuji_jakuzure_01

暗闇に浮かぶ緑の明かり。その様はまるで蛇崩川に漂うホタルの光。

祐天寺駅、池尻大橋駅、中目黒駅から徒歩約15分。学芸大学駅からだと25分はかかると思います。蛇崩交差点から野沢通りを200mほど山手通り方面へ向かったところにある「季節料理 ふじ」。目黒ゴルフ練習場の近くと説明した方が、人によっては通じやすいかもしれません。

前を通るのがいつも日中だったので、営業しているのか閉店してしまっているのかはわからなかったのですが、たまたま通りかかったらやっていました。よかった。もちろん行ってみます。

fuji_jakuzure_02

店に入ってまず目を奪われるのは、壁全面そして天井にまでびっしりと貼られたおびただしい数のサイン色紙。そうか、有名店だったのか。知らなかった……。けど、一般的にそれほど知られていないというのには理由がありそうです。この件に関してはのちほど。

fuji_jakuzure_03

店内にはカウンター席とテーブル席。メニューも豊富。快活なお母さんが一人でやってらっしゃいます。

fuji_jakuzure_05

ほのかな甘さを感じさせるさっぱりとしたレモンサワーを飲みつつ、何を注文しようかと迷っていたら、お通しが出てきました。

fuji_jakuzure_06

え……。ふぐ皮ポン酢。うそでしょう。しかもこいつがプリップリ、コリッコリで超絶うまい。

「これ、ふぐ皮ですよね。めっちゃおいしいです」

「ほんと? ありがとう(笑) この辺りにお住まいなの?」

「もうちょっとあっちのほうです。今日、たまたま通りかかって来てみました。こちらはどれくらいになるんですか?」

「33年」

「てことは昭和……」

「昭和58年」

「その前はどこか他の場所でやってらっしゃったとか?」

「33年前に栃木から出てきたの。宇都宮。お店やろうと思ってね。当時、ダルメシアンを飼ってたのよ。だから、犬が飼えて二階に住めて、という所を探してたらここにね」

33年前といっても、お母さんにしてみればそれなりのお歳だったはず。どんな事情で栃木から出てきたのか気になりますが、そこを掘り下げるのはやめておきましょう。一見が聞くようなことではありません。

「とりあえず、生だこ唐揚と特製メンチカツをお願いします」

揚げ物でかぶっちゃった。ま、いいやw

お母さんが料理に取りかかっている間、店内の色紙を見渡します。誰でも知っているような名前があっちにもこっちにも。

「昭和58年ということは1983年か。いま、ズラッと見てるんですが、僕が気づいた限りだと1992年が一番古い日付かなぁ」

「オープン直後からあるはずよ」

「どれだろう(笑) それにしてもすごい数ですね。天井に貼るのって大変じゃないですか?」

「お父さんがいた頃はよかったんだけどねぇ。高い所に上って、ずっと上向いて貼るでしょう。首が痛くてね。一日で一列貼れたらいいほうね」

扉にはこんなものが貼られていました。

fuji_jakuzure_04

あっ、あたしだって少しは働いてましたよ。お父さんは座ってただけだったなんて、よく云われますけどね。お母さん、あたしが居なくなって一人になっちゃったもんだから、お客さんも飲んだり食べたりしながら、少しは働いて下さいよ。(後略)

そうか。お父さんは亡くなられたんだ。このあたりも深追いはやめておこう。のちにわかったことですが、このお父さんがとても個性的な方で、みなさんに慕われていたのだそう。「季節料理 ふじ」およびこのお父さんをモデルとした小説も出版されています。

※追記:2017年7月、テレビ東京で「季節料理 ふじ」が舞台となるドラマ「居酒屋ふじ」が放送されます。主演は永山絢斗と大森南朋。原作は「居酒屋ふじ」(栗山圭介)。追記以上

生だこの唐揚ができあがりました。

fuji_jakuzure_07

私は無類のたこ好きです。そんな私が言うのだから間違いない。これまでの人生で食べて来たたこの唐揚げトップ3に入るうまさです。薄めの衣には加減のいい塩、身はとても柔らかい。

続いて特製メンチ。

fuji_jakuzure_08

座布団のようなちょっと変わった形のメンチ。火の通りを早くするためなのかな。肉と玉ねぎの甘みが溢れ出る、とてもおだやかな味わい。ソースはキャベツだけにかけました。おいしい。

この日は他にお客さんがいませんでした。

「土曜日は比較的空いてるんですか?」

「いやー、あまり曜日は関係ないわよ。駅前のお店と違って、通りかかった人が入るようなお店じゃないでしょ。ほとんど常連さん。だから、かたまって来る時は来るし、来ない時は来ないって感じよ」

「最寄駅はどこになるんですか?」

「どこからも遠いわよ(笑) 祐天寺、中目黒、池尻、どこもねぇ」

「歩くと15~20分くらいですかね」

「男の方だとそれくらいかもしれないわね」

「この辺りって坂が多いから、特に中目黒からだとちょっと大変かもしれませんね」

「わざわざ坂登らなくたって、駅の近くにあるものねぇ(笑)」

「33年前と比べてこのあたりは変わりました?」

「この界隈じゃ、ここが一番古くなったわね。みんな年取ってやめちゃったり。随分、お店は減ったわねぇ。この通り、何もないでしょ?」

「蛇崩あたりまで行くと、チラホラお店もありますけどね」

「蛇崩?」

「あっちの下馬方面へ行った、銭湯とかガソリンスタンドのある交差点です」

「ああ、あそこ蛇崩って言うの。焼肉屋さんとかあるところよね」

「そうですそうです」

33年この地に住んで蛇崩をご存じないとはw もちろん、その頃にはすでに蛇崩川はなかったのですが。

とにかくいろいろお話しさせて頂きました。犬のこと、猫のこと、渋谷の新南口を出てしまい大変な目にあったこと、某著名人のこと。とてもサバサバしていて気持ちのいいお母さんです。楽しいなあ。

先ほど頼んでおいた、「おすすめ」とおっしゃるふじ豆腐がやって来ました。

fuji_jakuzure_09

温かい豆腐にたっぷりの明太子が乗っています。明太子を餡にしたり、生のまま乗せたりは自分でもやったことがありますが、ほぐして火を入れた明太子を乗せてるのは初めてです。

ホロリとする豆腐とプチッという明太子が奏でる食感の二重奏。辛みはほとんどなく、塩気と魚卵の風味が淡泊な豆腐を盛りたてます。どこまでも優しい味わい。

「ごちそうさまでした」

「ありがとうございます。またいらしてね」

fuji_jakuzure_10

「ふじ」を出て、”ホタル”の光を背に受けながら、すぐ脇の筋を谷へ向かって下ります。蛇崩川支流緑道で祐天寺、五本木方面へ。戦前の目黒川にはホタルがいたってんだから、目黒川の支流・蛇崩川にもいたのかな。

道すがら、スマホで「ふじ」のことを調べてみました。けど、”有名店”の割には情報が少ない。「食べログ」にはレビューが一件もありません。その理由はいくつか考えられます。

まず、店名が普通すぎて検索しづらい。次に「どこ」と言いづらいから調べづらい。そして、常連さんが多く積極的に情報を発信する人も少ない。あるいは芸能人が大勢やって来るから多くが語られない。

もうひとつ。大切にそっとしまっておきたい。そんな風に感じさせるお店なんでしょうね。

蛇崩川支流跡を遡り、駒沢通りへと出ます。学芸大学駅はもうすぐそこ。

こっちのさーけはあーまいぞー

気持ちいい初夏の夜風が私にハシゴ酒を促すのでした。

季節料理 ふじ
東京都目黒区上目黒5-18-22
03-3710-0138
Facebookページ(非公式)

居酒屋ふじ(栗山 圭介)

記事のシェアはこちらから

こちらの記事もあわせてどうぞ